アメリカンショートヘアーちゃんが虹の橋を渡りました 死別体験記 ~M.Mさまの場合~
愛知県にお住まいのM.M様よりお寄せいただいた
アメリカンショートヘアーちゃんとの死別体験記です。
四年ほど前から、心臓の壁が厚くなって来たので治療、足腰が弱くなって来たのでサプリメントと食事も人間の食べるものは与えず、少しでも別れの時が遅くなる様気をつけて来ました。
それでも18才を超えた辺りから加齢による衰えは明らかに進んでいました。
でも、こんなに突然に逝くなんて思っても居ませんでした。
仕事が遅くなり主人と外食して戻ると、リビングの真ん中で、ぐったりしている小太郎が。表情と息、オシッコを漏らし苦しんだ様子。ふと、後脚に目をやるとだらり動かない。
ただ事ではないと、夜間動物救急センターへ
受付に行くなり看護士さんが「呼吸が苦しそう。預かります」とすぐ様救命室へ。
改めて、ただ事ではない事、命の危険が迫ってる事を感じました。
救命室へ入り1時間。「状況の説明をします」とDr.。
酸素室の小太郎。「心筋症による血栓が両足に飛んでいます。細かい検査をしたいが、今は、それさえも命を奪いかねません。ここでは、応急処置しか出来ません。明日、かかりつけ医へ。現状の場合ほとんどの方が延命をせずに安楽死を選ばれます」と。
思わず酸素室の小太郎に駆け寄って、酸素室の壁を撫でると小太郎が、苦しいながらも私と主人を懸命に見ていました。
絶対、死なせない。出来る限りの処置をしていただき、酸素室のまま自宅へ。
朝には、休診だった動物病院の先生に特別に見て頂いた。
朝と夕方に処置が必要な事。猫は食べないといけないから、何か食べさせる様にとの指示。血栓が心臓に行ったらおしまいな事、そう長くはない事を伝えられました。
それでも、私たち夫婦は、下半身が動かなくなってもオムツしながら前足で元気に頑張る猫もいた事を思い出して、小太郎もと信じていました。1日目の夜は、抱きかかえながらペーストのご飯とスープをシリンジで少しずつ。頑張って食べてくれた。3時間起きにオムツ交換と体位交換。オシッコでお尻がただれない様に褥瘡ができない様に早く元気になる様に。
最後の2日目の夜。
オムツ交換に怒る小太郎。元気出てきたと思ったけど‥目を瞑らない小太郎に気が付き‥本当は目を瞑る力も無くなってる‥そんな事は無い。明日また、先生のところ行こう。様子をビデオ撮っておこう。酸素室の小太郎と並んで横になりながら、窓から手を入れて撫でてウトウト。ハッとして目がさめると、仰け反ってる小太郎。体を直してあげて、様子をビデオに‥午前5時20分また仰け反って両手が2、3回空を描いた‥それきり‥。
死ぬなんて思っても居なくてビデオを撮ってて、「小太郎」と呼んでもやらず。
夫婦2人、小太郎を抱え呆然としていた。
9時くらいになって。主人が「お葬式しないとね」
ペットの葬儀屋さんに連絡。
安置様のバスケットと白いレースのお布団を届けて頂いた。
花で送りたいと思い薔薇を小太郎には黄色い薔薇が似合うなと。
お気に入りの写真を大きくし遺影に。
翌日、白いお花の祭壇でお葬式。火葬。骨も2人で拾った。合同火葬は骨が拾えないので嫌だった。合同墓も動物墓も腑に落ちなかった。亡くなって初七日の日、一緒に入れるお墓を探そうと言うことになった。なんか府に落ちた。そこからお墓探し。薔薇の咲く公園の様なお墓がポンポンと決まった。小太郎さんと一緒。ずーっと一緒。それが一番。私たち夫婦の選択。位牌もクリスタルで小太郎さんらしいものを小太郎さんの小さな墓石も決めた。
だって、小太郎さんは私たちの大切な家族だから。